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東京高等裁判所 平成5年(う)493号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人和田敏夫提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

所論は、要するに、被告人は原判示の窃盗(万引)の犯行をしていないのに、信用性のない原審証人横山幸枝、同長田晴美、同吉田淳一らの供述や被告人の捜査段階における供述に依拠して被告人を有罪とした原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。

しかしながら、関係証拠によれば原判示事実は優にこれを認めることができ、原判決に事実誤認があるとは認められない。

以下、若干補足する。

一  原審証人横山幸枝(第一、二回)、同長田晴美、同吉田淳一らの供述によれば、東京警備保障会社から原判示の横浜市中区所在のマイカル本牧一番街株式会社ニチイ本牧サティに派遣され、同店の巡回、警備、万引の警戒等の仕事に従事していた横山幸枝は、原判示日時ころ、同店一階食料品売り場において巡回警備中、被告人がジャケットを左肩にかけ、連れの男(大橋伸夫)が、店内備付の買物籠に、値段が貼付してある側を内側にし二個づつ縦に向き合わせにして原判示の神戸牛ロース肉パック四個を入れ、目の前を通過したのを現認して不審を抱き、被告人らの挙動を注視していると、被告人が、柱で死角になった菓子売場の前で連れの男の買物籠に右手を差し入れて前記パックを取り出したこと、被告人は右パックを、左肩にかけたジャケットと右脇腹の間に隠し持って連れの男とともに若干移動した後、「鍵」と言って連れの男から何かを受け取ってから連れの男と離れ、代金を支払うことなくレジの脇を通り抜けて出入口の方向へ向かったこと、右の状況から横山は、被告人を万引犯人と認め、おりから店内を巡回警備中の派遣警備員長田晴美に声をかけて協力を求め、同人とともに被告人の跡を追ったが、被告人が店外へ出ようとして客用出入口のドアに手をかけたとき、おりから同店内で鮮魚等の販売をしていた吉田淳一にも声をかけて協力を求め、横山、長田、吉田の三名で、店外へ出ていった被告人を追跡し、被告人が足速に同店裏の道路を横断して向かい側の歩道上に至ったとき、被告人に追い付いた横山が、「さっきの肉どうしましたか、出して頂戴。」と言うと、被告人は黙って左肩にかけたジャケットと左脇腹の間から前記パックを取り出したこと、それから、横山らは、被告人を近くの防災センターに連れていき、電話で警察へ通報するとともに、被告人を現行犯人として逮捕し、程なく駆け付けた警察官に引き渡したこと、以上の事実を認めることができる。

所論は、前記横山らの供述の信用性を争うけれども、同人らの供述は、一連の事態の経過に即し、極めて自然で合理的であり、関係証拠と対比して、同人らが被告人を万引犯人と誤解するような状況はなく、また、特に、前記吉田は、本件において格別の利害関係のない者であり、同人らの供述を疑わしいとする事情は何ら見当たらない(なお、所論は、原審証人廣永弘江の供述によれば、横山らの供述が信用できないことが明らかである、と主張するけれども、右廣永は、平成四年の六月末から八月一五日の間に、原判示店舗出入口の外で、三、四人がかたまって話をしており、一人がパックを持っていて何かもめているので、万引だなと思ったことがある旨供述するに過ぎず、同人が目撃したという状況と本件との関わりすら明らかでなく、これをもって横山らの供述の信用性を云々することなどはできない。)。

二  被告人は、捜査段階においては、検察庁における弁解録取の際、初めは、「やっていない。」とか、「返すつもりだった。」などと弁解したものの、「道路を横断した先で現行犯で逮捕され、盗品を持っていたのではないか。」と言われて犯行を認め、その以後本件犯行を全面的に認める供述をしていたものであるところ、原審公判に至るや、「神戸牛ロース肉四パックを一旦買物籠に入れたが、連れの大橋に要らないと言われ、元の売場に返しに行きがてら、初めての店なのでどんな物が売っているか見て歩いているうち、店の出入口近くの公衆電話器の設置されているところで横山に誰何され、店の外へ連れ出された。」などと述べ、あれこれ弁疎して本件を争うのであるが、被告人の公判供述は、それ自体甚だ不合理かつ不自然で弁解的色彩の強いものに終始し関係証拠に照らし到底信用することができない。これと対比して、被告人の捜査段階における供述は、関係証拠に照らし、その任意性に疑いを抱かせるような事情はなんら見当らないばかりでなく(所論は、捜査官において、被告人が述べることのうち横山の供述と異なることは聞き入れず、同人の供述と矛盾しないように被告人の調書を作成したものであるなどと主張するが、被告人は捜査段階において、犯行を認めながらも、「ジャケットは肩にかけていたのではなく、着用していた。」などと一部横山らの供述と異なる供述もしている。)、本件犯行を認める供述部分の信用性にも疑いはないと認められる。

(なお、職権により調査すると、原判決は、岩浪睦ほか第三者の検察官、司法警察員、司法巡査らに対する供述調書八通(謄本を含む)、「被害品の弁済について」と題する書面、実況見分調書、電話聴取書、現行犯人逮捕手続書(二通)等の書面を被告人の公判供述の弾劾証拠として刑訴法三二八条により採用しているが、同条により許容される証拠は、現に証明力を争おうとする供述をした者の供述を記載した書面または供述に限られると解すべきであるから、原審の前記措置は不適法であるけれども、記録を検討すると、これらの書面の存在により被告人の公判供述の信用性に関する判断が左右されるものではないことが明らかで、原判決の右誤りは判決に影響を及ぼすものではない。)

その他、所論を検討しても、いずれも採用するに由ないもので、原判示事実はその証明が十分であり、原判決に所論の事実誤認があるとは認められない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は、同法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小林充 裁判官中野保昭 裁判官小川正明)

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